>
 かなめの雑記帳            ホームに戻る→
11年9/24 明日から、4年に一度の審判を受ける選挙戦が始まります。大勢の方にサイトが更新できていない事へのお叱りをいただきました。おかげで久々に更新することになりました。選挙直前の滑り込みで恐縮ですが、今回の選挙戦で訴えたいことをサイト上でもお伝えしたく、更新しました。
今回の選挙は4期16年間の議員生活の総決算にもなります。昨年は市議会第44代副議長に就任させていただき、今まで以上に市政に深く関わらせていただきました。
また、今回の選挙は去る3月11日の東北大震災を経験しての選挙となります。この震災や直近の台風で被害を受けられた方々に心よりお悔やみと励ましの言葉をおくります。と同時に、我が町の安全安心の点検をするのが私ども東大阪市議のつとめです。
そうした思いも含めて、今回の選挙にあたっては、原発問題・教育問題・文化問題・社会福祉問題・産業支援問題について訴えています。
いずれも大変大きな問題であり、東大阪市だけで解決できる問題ではありません。しかし、小さな一歩でも身近なところから変えていかないと何も解決しないのも事実です。東北では復興再建に向けて國よりも自治体が真剣に頑張っています。自治体から変えていくことはこれからもたくさんあると思っています。今までも、これからも、この16年間つらぬいてきた姿勢を変えずに活動を進めていきたいと思っています。
08年12/18 久々に雑記を更新しようと日付を見て我ながらビックリ、もう11ヶ月も経ってるではないですか!週1程度の更新を来年の課題にしようと(不安)思っています。
 やっとといえば、やっと定例会が開会しました。9月の議会に向けて質問準備をしてきましたので、すでに時期遅れになったものもあり、手を加えているところです。
 昨日若手の職員と懇談する機会がありました。総論的に将来の東大阪市行政に明るい展望をもたせてもらえました。その中で職員の気分として、安定政権を熱望する意見が異口同音に語られました。
 現市長が当初予想していた安定政権は、どうやら共産党を除く翼賛的議会らしく、これは清水市政の再現にすぎません。イエスマン集団がウルトラ独善市長を作り上げ、全国に汚名をとどろかせてしまった反省を、10年経った今もまだ(個々人は別として)東大阪の政界はしていないのです。
 行政を振り回す議会。逆に首長に牛耳られる議会。この十数年東大阪の市政はこの両極端を往復する振り子のように大きく振幅してきています。
 先の長尾市長は就任1年にして不信任を突きつけられました。
 様々な問題はありますが、清水元市長や松見前々市長と比較して不信任にはあたらないと思ったので、私はこの案に反対しました。議会が不信任という伝家の宝刀を抜くのは「明らかにして重大な法令違反あるいは市民への背信行為」があった場合に限られます。自分たちの思いと違うことをするから「市民のためにならない」とする主張は独善的であり、主権者に対して傲慢です。それを判断するのは市民なのですか。
 Aの市長の下では賛成だったものがBの市長に代われば反対になるという、筋の通らないことがこの間繰り返されてきました。「為にする議論」という言葉ありますが、まず親市長又は逆に反市長という「立場」あって、そののちにヨイショ質問やこき下ろし質問があるというのは不毛の論議です。
 そうした悪しき慣習を作ってきた人たちが一言も過去の反省の弁を語らずに「議会正常化」を語るのを素直には聞けなませんし、またぞろ逆の極への振り返しに過ぎないと思います。
 主張の違いは十分に闘わせることが必要です。そして首長側も相手が少数勢力であっても数の力で押し切らず論でもって応じるべきです。そして、そのやりとりを主権者である市民に返えし、4年に一度の市議選や市長選における選択の資料としてもらうのが政治家の仕事ではないかと思っています。
 一粒の米も作らず一本のネジも作らない政治家の仕事は、市民要求や調査や研究に基づいて「市民生活に役立つ議論」をすることです。それができなければ社会のお荷物、厄介者です。
 今作っている本会議の質問が、十余年の議会活動で貫いてきたこの筋に沿ったものとなっているか否か、点検しています。
08年1/22 大阪は知事選の最中です。期間中ですので選挙についてのコメントは後日にします。
 単なる暖冬なのか、それとも地球温暖化の影響なのか、40年前の子ども時代と比べると暖かすぎる冬です。氷も張らず、雪も降らず。年を越してからようやくコートを着るというほどの暖かさです。
 高齢者の方にとっては過ごしやすいと喜ばれるのでしょうが、やはり冬は寒くないと心配です。
 お正月も外で遊ぶ子どもを見かけなくなりました。気候や風俗などまわりのものに何とはなしに違和感を感じるのは年のせいなのでしょうか。そんな思いで新年を迎えました。本年もよろしくお願いします。
07年9/15 国では所信表明の2日後に首相が辞任するという前代未聞の事態となりました。東大阪市でも市議選挙を直前に市長不信任案が可決されるという、これもまた前代未聞の事態となりました。不信任案をめぐる態度と考え方については、別ページ「市長不信任について」で触れていますのでご参照下さい。
また、憲法を市政に活かすとのスローガンと共に今回の選挙に際して重要な訴えとしています「政務調査費について」もリンクしていますのでご覧下さい。
 小泉改革がもたらした格差・競争社会は 憲法の精神に逆行し、弱者切り捨てを加速させました。憲法が保障する「健康で文化的な最低限度の生活(第25条)」は今や空文化しています。国が保障すべき「最低限度の生活水準」とは「生活保護」に他なりませんが、健康保険料や介護保険料、医療費などの負担を差し引くと、多くの世帯が生活保護以下になるからです。
 前回の雑記にも書きましたが、福祉、教育、環境、産業の分野に今ほど人間尊重の憲法の精神が求められている時はありません。
 それぞれの分野で憲法の精神が暮らしの隅々に活かされているのかどうかをチェックし行政に反映させるのが 、自治体議員の仕事です。
 「今こそ憲法を暮らしの中に」。この旗印を掲げて4期目に向けた選挙を闘う決意です。
07年5/ 3  憲法改正の手続きとして国民投票法が衆院で可決しました。参院での審議と平行して、今後、各地 で憲法論議が加熱することでしょう。
 その時忘れてはならないのは憲法の理念、中でも「平和のうちに生きる権利」です。現憲法が生まれて60年、私たちの暮らしの中に憲法の理念が生かされているかと言えばまだまだそうはなっていません。
 それどころか、小泉改革がもたらした格差・競争社会は憲法の精神に逆行し、弱者切り捨てを加速させています。
 福祉、教育、環境、産業の分野に今ほど人間尊重の憲法の精神が求められている時はありません。
 それぞれの分野で憲法の精神が暮らしの隅々に活かされているのかどうか、きっちと検証するのが、市民の生活と密接した場所で活動している自治体議員の仕事だと痛感しています。
 まさに、「今こそ憲法を暮らしの中に」です。9条を守るだけに止まらず、積極的に憲法の理念を暮らしに活かす自治体行政を確立することが必要です。
06年8/18    お盆も明け、夏の名残りは数えるほどになりました。中でも高校野球は日本の春・夏の風物詩にもなっていて、高校野球が終わると夏も終わるような気がします。
 春夏と甲子園に新風を吹き込んでくれた沖縄の八重山商工、とても好感の持てるチームだと思います。三段論法になりますが『高校野球は教育の一環。教育とは教え「育てる」こと。選手を育てるのが高校野球。』と考えると、本当の意味で高校野球と言えるのは八重山商工に代表されるごく僅かなチームだけなのかなと思うのです。
 甲子園出場や優勝が目標になり、そのために優秀な選手を全国から集めてくる事が当たり前になっている昨今、県下(しかもほとんどが石垣島)出身の選手を鍛えて育てて甲子園に挑戦する同校は高校野球の失われた原点だと思えます。高校野球の選手資格を出身県に限定すれば八重山商工がダントツで優勝です。
 高校野球だけでなく、効率化の流れの中で日本人は、良いもの大切なものを多く失ってきているように思えてなりません。
 沖縄民謡の『黄金(こがね)の花』は「♪黄金でその目を汚さないで。黄金の花はいつか散る♪」と歌っています。また同じく沖縄民謡の『命(ぬち)どぅ宝』は人間にとって一番大切なものは命なんだと教えてくれます。
 沖縄の心こそが21世紀の日本の歩む道を指し示しているんじゃないか。球児達を見ながらそんなことを思う残暑です。
06年8/ 2    梅雨明けを待ちかねたセミが、打ち寄せる波音のような凄まじさで鳴いています。残り少ない時間を精一杯鳴き続ける。選挙カーのアナウンスと同じだな〜と思う職業病です。
 さて、「府議補選に思うこと」の最終回です。
 ○私などにも「"上″は狙わないのですか」とお尋ねをいただきますが、市会より府会、府会より国会とランクが上がるような捉えられ方が一般的です。
 同じ政治への関わりでもその役割を異にする「業種」ですから、うな丼のように「並・中・上」とランクづけられるものではありません。にもかかわらず、上下がつけられるのは政党のピラミッド構造にその原因があるようです。
 政党内においては、多くの票数が動く大きな選挙、言葉をかえれば議席数の少ない選挙で選ばれた議員が上級役職に就き、党内での権限もその分大きくなるというのが現状です。
 そうしたことから、市議はスタートでゴールは国会議員というのが政界の「常識」となり、府議は国会へ昇るための「中二階」のように受け止められるようです。
 ○議員報酬や活動費も「上」へ行くほど格段に高くなるのも問題です。本来、府議が市議よりお金がかかるのは広報対象の支持者の数が多いことと役所に行く距離が遠いことぐらいです。現実の報酬の差ほど仕事の中身に差はありません。国会議員の場合さらに条件が良くなります。
 市議の立場からのやっかみと捉えられそうですが、こんな小さなところにも日本の政治構造が住民型(ヨコ型)ではなく権力型(タテ型)になる遠因があるのではないかと思います。
06年8/ 1   梅雨が明けるか明けないかというのにもう8月!。季節が駆け足で去っていくように思うのは年のせいでしょうか。
 さて、昨日の「府議補選に思うこと」の続きです。
 ○それはそれで喜ばしいことですが、府議選が盛り上がらない原因のもう一つに府議の役割と市民生活との結びつきが分かりづらい事があります。
 大阪市などの政令市ではこの傾向は以前から顕著でしたが、東大阪市も中核市になり府から多くの権限が移譲されました。府議の仕事は公立高校と警察だけといわれるようにさえなっています。
 もっとも、その背景には府議が「府全体の施策を考えるより、選出市の代表」と捉えられていることに、より深刻な問題がありそうです。これは、国会議員が国全体のことより選挙区の利益を考える事の縮尺になっているのかも知れません。
 ○さらに、府全体のことを考えるとしても、市会議員のように市民一人一人の笑顔や泣き顔の見える具体的な仕事よりも、補助金配分や広域行政など抽象的な仕事の方が多くなります。
 これが国と市町村などの基礎自治体との間にある都道府県会議員の役割です。そのため「議員活動としての面白味に欠ける」と感じている市会議員もいます。

 続きは明日に。(必ず更新します(笑)。)
06年7/31   思いもしなかった方から、「いつになったら更新するんですか?毎日見ているんですけど…」と優しいご指摘をいただきまして、重い腰が上がりました。ありがとうございました。
 猛暑の中、東大阪は輪をかけて(一部で)熱くなっています。7月2日の市長選挙の結果、共産党籍の長尾市長が4年振りに返り咲き。今それに続く第2段、府議補欠選挙の最中です。
 そこで「府議補選に思うこと」を徒然に綴ってみます。
 ○5人の顔ぶれ、どの方も年下で、時の流れに感慨深いものがあります。当落は別にして、若い方の立候補で、政治に関心を持つ若い有権者が増えてくれれば何よりだと思います。
 ○今回の補欠選挙から予想して、2期続けて無投票だった来春の府議選が久々にホットになりそうです。東大阪は7つの議席を自民2、公明2、共産2、民主1と大政党で分け合い、小政党や無所属市民派などの候補者の入るスキがない選挙区でした。それが2回続けての無投票を生んだ原因だと思います。今回の補欠選挙の結果、自民は3名以上、民主(系)も複数の候補擁立が予想されます。混戦になれば投票率もアップするので、公・共といった組織政党も安穏としてはいられず、小政党や無所属の参加も可能になるのではないかと思われます。

 続きは明日に。(必ず更新します(笑)。)
06年4/12   ニセメールに端を発した民主党内のゴタゴタは小沢新党首誕生というところに落ち着きました。
 これにより政界は小泉VS小沢で展開するのでしょうが、片や福田氏の元秘書、一方は角栄氏の元秘書…。これって、三十数年前の自民党の内部対立が舞台を大きくして再現されただけとも見えますよね。
 価値観の多様化ということが言われて久しいですが、価値観はどうであれ、勝ち組と負け組の線引きは単純鮮明になってきました。 
 小・小対決は勝ち組内部での対立であって、大勢の負け組にとって大した変わりはありません。逆に言えば「負け組が寄って立つ政治勢力」が今ほど求められている時はないように思います。
 来年の参議院選に向け新社会党が提唱しているように護憲を最大公約数とした、負け組の声が結集できる幅広い政治勢力、一言で言うと第三局が必要です。
 当面、新社会党は筋をとおす「接着剤政党」に徹する時かなと思っています。
05年9/12   自民党が圧勝しました。長引く景気の低迷、教育・医療・老後保障など、この4年間何一つとして国民生活にプラスになるものはなかった政権が圧勝する、という歴史的にも異例の現象が起きました。
 生活や未来への閉塞感を作り出した当事者が「郵政民営化」からすべての改革をはじめるという空約束をしているのに、なぜ多くの国民がこれを信じるのでしょうか。おそらく法案の中身を熟知して投票した人は少ないのではないかと思います。今回の自民圧勝の大きな原因は「改革の姿勢を鮮明にした」ことにつきると思います。何をどう改革してくれるのかという中身の議論より、誰が本気で改革してくれるのかが大きな判断材料になったようです。
 その意味では、法案反対議員に刺客を差し向け、旧支持基盤を切り離してでも「改革の旗印」を掲げた小泉戦略が功を奏したと思われます。自らの肉を切って純化した自民に対し、何かにつけて党内意見の一致しない民主という対比が国民の目に映ったのではないでしょうか。
 一方で小勢力ながらスタンスを鮮明にした共産や社民が善戦していることから見ると、民主は自民との対立点を明確にし、「別の選択肢」を国民にハッキリ指し示すことが必要なのかも知れません。同じようなものなら、やる気に勝る方を選ぶのが有権者の論理・心理です。
 さて、自民の圧勝を受け、これからこの国の進路がどこを向くのかは次回に...。
05年8/29   明日から始まる総選挙。小泉総理は郵政民営化に賛成か反対を問う選挙だと言っています。
 しかし、私たちの暮らしにとって切実なのは、介護や健保の保険料であり、医療や教育の負担であり、また、消費税であり年金や老後の生活保障です。
 首相の論調では、郵政民営化によってそれらがすべて一気に解決するかのような催眠術にかけられているように思えて仕方ありません。さらに、恐ろしいのは反対の声を認めない強行的な姿勢です。同じ自民党の同僚にまで刺客を差し向けるのですから、国民は選挙時を除けば政権の批判すら出来ないということになります。これはもうファシズムです。71年前のドイツでは、国民投票の結果圧倒的多数の支持でヒトラーが総統になりました。「歴史は繰り返す。最初は悲劇として、二度目は喜劇として」。日本人は71年前のドイツの歴史に学べなかったと後世の史家に言われないような投票行動が望まれます。
 今回の選挙では、昨年の参議院選挙とまったく同じお二人を応援することになりました。理由は「過去の雑記帳」に書いた前回とまったく同じです。みなさんの投票に際し参考にしていただければ幸いです。

原  和美 さん
兵庫1区(東灘区・灘区・中央区)
辻元 清美 さん
大阪10区(高槻市・島本町)
05年1/1 明けましておめでとうございます。
 「2005年こそが良い年でありますように」と今年ほど年頭に感じたことはありませんでした。
 台風に地震と、国の内外に多くの傷跡を残した2004年が去りました。
 「災」が昨年を象徴する漢字とのことですが、悲しいほどに実感があります。
 災いは天災だけではありませんでした。子が親を殺し、子が親を殺す。隣人を殺す。頑是ない子どもが大人に殺されたり、同じ年の子を殺す。末世の形相をおびてきました。
 一日千秋の思いでわが子の帰りを待つ親の気持ちを逆なでするような北朝鮮による拉致事件の対応に憤りを覚える一方で、何の罪もない在日朝鮮人の子ども達に暴力で「応酬」しようとする「愛国者」達にも怒りを禁じ得ません。根はひとつ、人間の愚かな行為に対する腹立たしさです。怨嗟の輪をこれ以上大きくしないことをのぞみます。
 経済制裁を求める声が日増しに高くなってきていますが、その方法が拉致された人々の無事の帰国につながる最善の道なのかどうか疑問に思います。太平洋戦争を正当化する人々は、「日本は欧米列強の経済封鎖により、窮鼠猫を咬むがごとく開戦におよばざるを得なかった」と主張しますが、これとまったく同じことにならないと誰が言いきれるのでしょうか。韓国大統領がわが国に冷静な対応を求めているのは最隣国ゆえの判断ではないでしょうか。中国や韓国と足並みを合わせて、アジアの平和維持の枠組みの中で行動することが求められているように思います。
04年6/21   随分長い間手入れが出来ていませんでした。「やめたのかいな!」と言うおしかりの声もたくさんいただき、ようやく手入れをはじめようとしています。言い訳は追々と・・・。
 さて間近に迫った参議院選挙ですが、有事関連7法が成立しイラクの情勢が悪化する中で行われる選挙であり、その意味でも、今後の日本の進路を左右する重要な選挙と言えます。
 私は、この選挙で原和美さん(兵庫)・辻元清美さん(大阪)を応援します。辻元さんについては執行猶予中ということもあり批判のご意見も頂戴するのですが、私は、こんな政治情勢の中で、国民の声を伝えられる数少ない代弁者と考えています。平和の危機という国民の生命と生活に重大な局面にあって、辻元さんの失敗を重要視することは、木を見て森を見ないことになるのではないかと危惧するのです。凍死するかも知れないときに服の柄やスタイルがどうのこうのとは言っていられないように、今の政治情勢をどう見るかが、彼女の立候補の是非を左右すると思います。
 原さんは新社会党結党以前からの同志であり、長年神戸市議として磨かれた政治信念・政治センス共にピカイチの候補者だと誇りに思っています。
 憲法改「正」が政治日程に上がり、半世紀前の「誓い」を忘れ、この国が再び「戦争できる国」に変化しようとしている今、かたくなに護憲と平和を掲げ、力強く行動する原さんや辻元さんの国会での議席がぜひとも必要だと痛感しています。
03年9/22  激戦となった市会議員選挙が終わり、2872票をお寄せいただき38位(50人中)で当選をさせていただきました。(選挙法上、文書による当選お礼行為はできないとの規定があるため「ご支援ありがとうございました」とは言えませんのでご報告とさせていただきます。)前回より4%ほど投票率が下がったにもかかわらず、票数で100票以上の増、順位で11位もUPしました。
 開票当日のケーブルテレビで市民インタビューが放映されていましたが、議員の動きが市民の皆さんに見えていないことを痛感しました。現状は、議員の活動は個々の議員の努力でお伝えしているのですが、ケーブルテレビやビデオ議会便りなどの公的媒体を利用した情報伝達が必要だと思います。その中でもインターネットは今後の媒体として特に重要な位置を占めると思います。私のサイトにも告示後は普段の10倍近いアクセスがあり、アクセスしていただいた方には、私の市政に対する思いや活動内容の一端を知っていただけたのではないかと思っています。
 また、偶然にも選挙前に
<候補者サイト一覧>でリンクした候補者の全員が当選しました。4年後の次回の選挙にはもっと多くの候補者がホームページ上での論戦に参加し、有権者の選択に必要な情報が増えることと期待しています。
03年9/13  3年前にホームページを開設して初めての選挙を迎えることになりました。選挙管理委員会の見解ではホームページも「文書」扱いとなるため、「選挙期間中は更新できない」とのことです。この見解が妥当かどうか疑問の残るところですが、現時点ではそれに従い1週間は更新をしないことにしました(といっても今までも1週間以上更新しないことはしょっちゅうありましたが・・・)。
 有権者の皆さんが、候補者の考えや活動歴などを知っていただいた上で投票するのが選挙の理想だとすれば、今後はもっとホームページが活用されるべきだと思っています。そうすることで無意味な宣伝カーからの名前の連呼も影を潜めるようになると思うのです。また候補者の側からしても、印刷物や郵送費の負担が軽減され、金のかからない政治にとって有意義なことだと思います。
 そんな思いから、今回の立候補予定者でホームページを開いている方の一覧を作りました。
<候補者サイト一覧>
 また、当サイトの携帯版も同時に開設しました。アドレスはドコモ・Jフォン・auとも同じです。アクセス媒体からの自動振り分けにしていますので、アドレスはこのサイトと同一です。内容は、このサイトのダイジェスト版になりますので、言葉足らずの感も否めませんが、ぜひ、お知り合いの方にアドレスをお伝え下さい。
03年8/15 敗戦から58年目の夏が来ました。この58年間、平和への道を1歩1歩あゆんできたと言うより、新たな戦前に向かって歩みを進めてきたように思います。カンボジアへのPKO派遣を地ならしにして、この度のイラクへの自衛隊派兵へと繋がる1本の道は、まさに「いつか来た道」です。「決して武力は持たず、行使せず、外国に出ていくことはない」と固く閉じられた封印が破られました。58年ぶりに開いた古ぼけた扉から悪魔の手が出てきたような思いがします。
 悪魔が出てくる前に世界の良識ある人々の手でこの扉をもう一度閉じなければなりません。そのために、各々が自分の分野で平和のための行動を起こさなければなりません。
 私にとって、来るべき市議会議員選挙が平和のための行動となります。平和を願う人々の力で1議席を守ることができれば、それは小さな地域の小さな成果だと思っています。
03年6/17 有事関連法案が可決成立しました。その中身もさることながら、アッケなく成立したことを深刻に思います。
 思えば60年安保は、高揚する社会運動・労働運動と結びつき、国民大闘争として全国津々浦々に燎原の火のごとく拡がりました。70年安保の運動は体制に抗する青年・学生達の純真な手に引き継がれました。80年以降、日米安保は「既定の制度」であるかのように扱われ、更にここ10年で軍事同盟の本質が明らかになってきました。
 わずか40年前に樺原美智子さんが若い命を平和のために捧げ、わずか30年前には学生達が自分の就職よりもこの国の平和を願って行動したというのに・・・。それほどではなくても、10年前、国連平和維持活動(PKO)協力法案採決で社会・共産両党がみせた牛歩戦術による抵抗。
 戦後史の日本のターニングポイントである有事関連法案が国会内外でわずかな抵抗もなく成立したことが、この国の平和への危機を深く物語っているように思えてなりません。
 歴史をひもといてみても「戦争する国」への変貌は急激なものなのかも知れません。気づいたときにはもう誰にも止められないものです。超デフレの戦前のドイツで、民衆の歓呼の声の中で生まれたナチス政権があのような犯罪的戦争を遂行することになると誰が予想したでしょうか。
 それは人の一生、日本人の平均寿命より短い、わずか60年ほど前のことでした。
 今回の関連法案は、いわば基本的な枠組みであり、今後はあらゆる法律が「戦争できる体制」に向けて、改変されていきます。
 過ちが繰り返されるのか、どこかで人々の良心のブレーキがかかるのか。本当のターニングポイントはまだ少し先にあるような気もします。「おじいちゃんは必死であの戦争に反対したよ。」と祖父から聞けなかったその言葉を孫達には誇らしく話せるために、「今の」行動をねばり強く続けていこうと思っています。
03年3/21 とうとうと言うか、やはりと言うか、アメリカによるイラク攻撃が始まってしまいました。大量破壊兵器の処分が問題であったはずなのに、いつからかフセイン退陣に問題がすり替えられてきました。内政不干渉の原則は近代の国際社会の不文律となっていますが、この禁を破ってまで攻撃しなければならない合理的な理由が見いだせません。戦争の行方と共に危惧されるのは、国連という「話し合いの場」をアメリカが無視したことと、その独善をだれも止められないということです。アメリカの正義が世界の正義となってしまうことの恐ろしさです。
 また、日本は朝鮮問題が控えているのでアメリカのイラク攻撃に反対できないとの気になる論調が見られましたが、むしろ、アメリカの「力づく外交」に歯止めをかけられないという先例を作ったことは、朝鮮半島でのアメリカの軍事力行使があった場合でも日本はこれに反対できないということになります。
 私がもっと恐れているのは、今回の戦争が特需を生み、景気回復につながることで、戦争型経済体質ができあがってしまうことです。長引く不況の出口が戦争特需だとすれば、出た先には、半世紀前と同じ悲劇への道が待っていると思うのです。そんな思いを持って23日に扇町公園での反戦行動に参加します。
03年2/21 年末から年始へと1日の休みもなく、動き回っていたため、1月末に体調をくずしてダウンしてしまいました。極度の肩こりと歯痛と風邪に交互におそわれて、約半月・・・。やっとここ2〜3日ようやく回復の兆しが見えてきました。
 そんなわけで、サイトの更新や、BBSのご返事など、大変ご無沙汰しておりました。何せ、キーボードを叩き始めると肩の奥がつまってきて、歯茎が疼くという有様でした。
 正味のダウン(全休)は月末の2日ほどでしたが、それ以後も夜8時頃には帰宅するなどして、少し体を休めているように心がけました。えらいもので随分とましになってきましたので、やはりオーバーワークが原因だったようです。人間、やはり月に一日ぐらいはゆっくり体を休めるべきですね(もうそれほど若くないということかも)。
 議会のほうも3月定例会を目前にあわただしくなってきました。統一自治体選挙もいよいよスタート、準備活動は終盤を迎えています。そうこうしている内に半年後には東大阪の市議選、自分のことになかなか手が回らない焦りを感じながらあわただしく動いて(身体の機嫌をとりながら・・・)いる今日この頃です。
 寒のもどりの時期です。お体を大切に・・・。
03年1/10 10,000のアクセスありがとうございます。開設してから2年と少し、こんなに早く5桁を達成できるとは思っていませんでした。ご訪問いただきました皆さんに感謝感謝です。
 新年の改装と1万件記念のリニューアルと思い、年末年始にかけて作業してきましたが、リンク集がまだ中途半端になっています。本当に時は早く過ぎるもので、今年も残すところ355日となりました。(笑)
 毎日していた「どんな日」の整備から解放されて、少し気がゆるんできたようですので、「この雑記帳のコーナーで、新鮮な思いをお伝えしていかねば・・」と気を引き締めています。
 1月は議会は開かれませんが、行政視察が4箇所も入ってきたり、審議会や組合議会などの予定がつまり、議会開会中より忙しい日程になってきました。
 暖冬との予報はどうしたのか、寒い日が続きますがお体を大切に・・・。
03年1/1 明けましておめでとうございます。「目出度さも中くらいなり、おらが春」と川柳に詠まれていますが、不況のどん底で迎える新年となりました。昨年の暮れは私の所へ来られる市民相談の多くが、生活保護や破産、また求職や金銭のトラブルなど、時代を反映したものでした。
 「いつになったら、この不況から脱出できるの」という言葉が挨拶代わりになってきました。一方では、中東や朝鮮半島をめぐって国際緊張が高まり、昭和初期の、あの「戦争への道」を彷彿させる空気が強くなってきました。
 生活と平和という大きな問題を前に、自治体議員として何ができるのか。もちろん国政レベルの大きなことは評論しかできませんので、できることに精一杯取り組んでいきたいと思っています。自治体が、住民の「平和のうちに幸せに暮らす権利」を守る砦となるためにも、東大阪市政にとって課題は山積しています。今年は市議選の年となります。「役立つ議員」とは何かを自身へのテーマにして、頑張ります。
 今後ともよろしくお願いたします。
08年12/18 久々に雑記を更新しようと日付を見て我ながらビックリ、もう11ヶ月も経ってるではないですか!週1程度の更新を来年の課題にしようと(不安)思っています。
 やっとといえば、やっと定例会が開会しました。9月の議会に向けて質問準備をしてきましたので、すでに時期遅れになったものもあり、手を加えているところです。
 昨日若手の職員と懇談する機会がありました。総論的に将来の東大阪市行政に明るい展望をもたせてもらえました。その中で職員の気分として、安定政権を熱望する意見が異口同音に語られました。
 現市長が当初予想していた安定政権は、どうやら共産党を除く翼賛的議会らしく、これは清水市政の再現にすぎません。イエスマン集団がウルトラ独善市長を作り上げ、全国に汚名をとどろかせてしまった反省を、10年経った今もまだ(個々人は別として)東大阪の政界はしていないのです。
 行政を振り回す議会。逆に首長に牛耳られる議会。この十数年東大阪の市政はこの両極端を往復する振り子のように大きく振幅してきています。
 先の長尾市長は就任1年にして不信任を突きつけられました。
 様々な問題はありますが、清水元市長や松見前々市長と比較して不信任にはあたらないと思ったので、私はこの案に反対しました。議会が不信任という伝家の宝刀を抜くのは「明らかにして重大な法令違反あるいは市民への背信行為」があった場合に限られます。自分たちの思いと違うことをするから「市民のためにならない」とする主張は独善的であり、主権者に対して傲慢です。それを判断するのは市民なのですか。
 Aの市長の下では賛成だったものがBの市長に代われば反対になるという、筋の通らないことがこの間繰り返されてきました。「為にする議論」という言葉ありますが、まず親市長又は逆に反市長という「立場」あって、そののちにヨイショ質問やこき下ろし質問があるというのは不毛の論議です。
 そうした悪しき慣習を作ってきた人たちが一言も過去の反省の弁を語らずに「議会正常化」を語るのを素直には聞けなませんし、またぞろ逆の極への振り返しに過ぎないと思います。
 主張の違いは十分に闘わせることが必要です。そして首長側も相手が少数勢力であっても数の力で押し切らず論でもって応じるべきです。そして、そのやりとりを主権者である市民に返えし、4年に一度の市議選や市長選における選択の資料としてもらうのが政治家の仕事ではないかと思っています。
 一粒の米も作らず一本のネジも作らない政治家の仕事は、市民要求や調査や研究に基づいて「市民生活に役立つ議論」をすることです。それができなければ社会のお荷物、厄介者です。
 今作っている本会議の質問が、十余年の議会活動で貫いてきたこの筋に沿ったものとなっているか否か、点検しています。